大判例

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東京地方裁判所 昭和28年(ヨ)4031号 決定

申請人 深町治郎 外四名

被申請人 昭和電工株式会社

主文

申請人らの申請を却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

被申請人が申請人らに対し昭和二十八年七月二十一日附をもつてなした解雇の意思表示の効力を仮に停止する。との裁判を求める。

第二、当裁判所の判断の要旨

一、被申請人会社(以下単に会社ともいう)は肩書地に本店を有し大阪に営業所を、横浜市川崎市、新潟県、福島県長野県、埼玉県及び富山市に計十一の工場を有し、硫安、石灰窒素その他の化学肥料等の製造、販売等を営むことを目的とする資本金十一億円の株式会社であり、申請人らはいずれも会社に期間の定めなく雇用せられ会社川崎工場に勤務する従業員であつて且つ同工場の従業員を以て組織する昭和電工株式会社川崎工場労働組合(以下単に組合という)の組合員なるところ、会社は昭和二十八年七月二十一日附をもつて申請人深町治郎に対し就業規則第三十九条第一項第五号、第十二号、第十三号により、同伊藤昭一、同児玉太喜司、同武井文夫に対し同条第一項第五号、第七号、第十二号、第十三号により同小島昇に対し同条第一項第七号、第十二号、第十三号、第三十八条第一号によりそれぞれ懲戒解雇の意思表示をなしたこと(就業規則の懲戒条項は別紙のとおり)。

組合は昭和二十七年十二月二十六日会社に対し昭和二十八年度上半期生産褒賞金に関する要求を提出して団体交渉を重ねる内、昭和二十八年一月五日から八日まで事務部門、硫酸部門を除く全部門のストライキを実施したのを始めとし、第二次ストライキとして同月三十一日より二月十日まで業務課製品係、機械工作課を含む数部門の部分ストライキを、次で第三次ストライキとして二月十日より三月二日まで右ストライキ部門に加うるに運輸係等を含む数部門の部分ストライキを、更に第四次ストライキとして三月二日より二十四時間毎に反復して無期限に右ストライキと同一部門において部分ストライキを実施した。そこで会社はこれの対抗措置として三月十二日組合に対して右部分ストの部門及び関連部門に対する部分的ロックアウトを予告し、三月十四日午後三時を期してロックアウトを実施し、更に三月二十三日組合に対して予告の上、同月二十五日午後三時より会社川崎工場の全部門に亘つて無期限ロックアウトを実施した。その後四月十七日に至り組合は組合大会を開催の上ストライキを中止し会社に対しロックアウトの解除を要請することなどを決議し、同月十八日組合は会社に対し右の趣旨を申入れ、会社は同月二十一日ロックアウトを解除し爾後平和裡に交渉を進めて五月三十日協定書に調印、生産褒賞金の問題は妥結したこと。

以上の事実は当事者間に争いない。

会社は申請人らの懲戒事由として右争議中に申請人らによつて農村宣伝及び出荷妨害が指導され或は実行されたことを主張するのに対し、申請人らは会社が懲戒事由として掲げる行為はいずれも就業規則の各懲戒条項に該当しないから無効であり、且つ、正当な組合活動の範囲に属する行為であるからこれを理由として解雇したことは労働組合法第七条第一号に違反し、この点からも無効であると主張する。そこで、まず右農村宣伝及び出荷妨害の事実関係を明らかにすると共にこれが正当な組合活動であるか否か及び就業規則の懲戒条項に該当するか否かを判断し、ついでこれに関する申請人ら個人別の責任を検討することとする。なお、申請人小島については会社は同人の規則違反をもあわせ懲戒事由として主張しているが、右は同人のみに関する懲戒事由であるから個人別の責任を検討する際に判断する。

二、厚木地区農村宣伝

(一)  昭和二十八年二月十五日申請人深町を除くその余の申請人ら組合員二十一名が外部団体員五名(大化学労働組合、国際写真通信社、日本カーリッド労働組合、幻燈社より参加)を交え、総勢二十六名で四班に班編成して神奈川県愛甲郡依知村、同郡中津村、同郡高峯村、中郡北泰野村に赴き、各班はそれぞれの担当部落の農家を巡回して宣伝ビラを配布し或いは会社より持出の硫安を見本として提示などして宣伝活動をなしたことは当者者間に争いない。

(二)  会社は右宣伝活動は会社川崎工場労働組合の組合活動として実行されたものではなく昭電川崎工場統一委員会のメンバーたる一部組合員が化学神奈川統一委員会と提携して企画実行した分派活動であるばかりでなく、会社生産の硫安の成分などにつき虚構の事実を宣伝して会社を誹謗し、以つて会社の体面を著しく毀損し信用を失墜させた行為であると主張するので、まずいかなる宣伝活動がなされたかを明らかにする。

1、右宣伝活動に際し「もうけるためには民族を売る肥料資本家を総攻撃しよう」と題する組合名義の宣伝ビラ(疏乙第四号証)労働者と農民の力で良い硫安を安くとろう」と題する化学神奈川統一委員会名義の宣伝ビラ(疏乙第五号証)、「硫安を輸出出血するな、肥料を安くよこせ」と題する神奈川県電気労働者統一会社名義の宣伝ビラ(疏乙第二十号証の一)、「苦しい生活を共にうち破ろう」

と題する全金属労働組合神奈川支部名義の宣伝ビラ(疏乙第二十号証の二)がそれぞれ配布されたことは当事者間に争いない。

申請人らは農民に対して生産褒賞金をめぐる本件争議の状況などを説明し理解を求めることが宣伝の目的であつたと主張するが、これらの宣伝ビラの内容を検すると、右事項に関して多くは触れられていないで、却つてその強調するところは専ら所謂出血輸出にあつて、会社は良質の硫安を安く外国へ売り悪質の硫安を高く日本の農民に売つているという趣旨が記載されているのである、即ち、疏乙第四号証には「彼等は外国によい硫安を一俵六百三十円で売り日本の農民にはそれより悪い硫安を一俵九百円近い値で売つているのです」との記載があり、疏乙第五号証には「悪い硫安を農民へ」という見出しの下にインド向の硫安は窒素分二一・〇八%以上で一俵六百四十円であり国内向は二〇%以下で同九百五十円であることを示す図表を掲げた上「輸出する硫安と国内向けのこのちがいを見て下さい。つまりよい硫安を安く外国へ売る穴うめに悪い硫安を高く農民に押しつけているのです」とあり、疏乙第二十号証の一には「この硫安の殆んどは出血輸出と言つて(アメリカの生活品と言う名目で)印度やフィリッピンとかの外国にベラ棒に安い値段で輸出されています。………そして農民の皆さんは?

この出血輸出を補うために驚く程高価の硫安を、そして品質の悪い硫安を買わされているのです。」とあり、また、疏乙第二十号証の二には「私達は昭和電工の労働者が賃金切下げ反対のストライキの中で此れはアメリカと日本の資本家が手を組んで労働者を安くこき使い、できた肥料を日本の農民には高く売りつけ外国へは良いものを売つている事実を知り………」とあるが如きである。一方、疏明によれば当時会社で生産していた硫安が含有する窒素分は国内向、国外向を問わず最高二一・一七%最低二〇・九四%程度で国内向国外向の間に別段の差異がなかつたこと、窒素分二〇%以下の硫安は当時会社において生産されていなかつたことが認められるから、その価格の差異はしばらくおき、少くとも国内向硫安は悪質の硫安であるという記載は虚構の事実であつて、かかる虚構の事実を記載した宣伝ビラを配布した場合にはそれにより会社の社会的信用は著しく毀損されるといわねばならない。

ところで組合が団結権を擁護し組合員の経済的地位の向上を図る目的で会社の経営又は営業方針を批判することは正当な組合活動の範囲内に属するものであり、その批判が多少誇張に及んでも、特に不当の目的に出ない限り、これによつて会社の信用に影響してもやむを得ないところであつて、労組法第七条にいう正当の組合活動というを妨げないと解すべきであるけれども、前記のような虚構の事実の宣伝は一応殊更に会社の信用を毀損する目的をもつてなされたものと推認するの外はないのでたとえ争議中に組合活動として実行されたものといえども正当な組合活動の範囲外の所為と解するのが相当である。従つてこのような宣伝活動を企画或いは実行した従業員が就業規則に照し会社からその責任を問われても止むを得ないところである。

2、この点に関する申請人らの主張につき検討しよう。

(1) 申請人らは本件宣伝活動において参加者は農家を各戸別訪問し、その都度口頭を以つて組合が生産褒賞金について闘争中である趣旨を述べると共に組合のストライキが農繁期に向つて農家に迷惑を及ぼすべきにつきその理解と協力を得るための活動であることを説明し、ただその際当時新聞で問題になつていた所謂出血輸出について説明するために右宣伝ビラを用いたもので宣伝の目的は専ら農民の協力を求めるところにあつたものであると主張し、これに副う疏明もないではないが、通常宣伝ビラにこれを配布されるものに対し最も強く訴えようとする要旨を記載するものであるから、本件農村宣伝において配布された宣伝ビラのすべてが右の如き内容であることに鑑みるときは右宣伝の目的が農民の協力を得る一面を有していてもその主たる目的は右虚構の事実を宣伝し会社を誹謗することにあつたと推認するに難くない。然らば、右の如き宣伝ビラを多数配布(疏明によれば疏乙第五号証のみでも三百五十乃至四百枚)したことについての会社からの責任追及を不法のものと断定することはできない。

(2) 申請人らは所謂出血輸出は当時新聞紙上に公に報道されていたところであるから右宣伝によつて特に会社の信用が損ぜられることはなかつたと主張するが、国内向硫安は国外向に比し悪質の硫安であるという事実が公に報道されていたということを認むべき疏明は存在しない。

(3) 宣伝ビラ中に用いられた良い硫安、悪い硫安という語は「結晶の良い硫安、結晶の悪い硫安」の趣旨で用いられたのであつて国外向硫安は結晶(クリスタル)硫安に製造され、国内向は粉末(パウダー)硫安に製造されていたことは事実として組合員に周知されていたところで虚構の事実ではないと主張する。しかし、右宣伝ビラの記載内容には結晶とか粉末とかいう文字は全然用いられていないから、右主張の如き趣旨を説明したものと解する余地はなく特に疏乙第五号証の如きは国内向硫安の窒素分百分比が低率であることを示す図表まで掲げているのであるから、硫安の品質について記載したものであることは明らかであつてこの主張も理由がない。

(4) 申請人らの主張によれば疏乙第五号証、第二十号証の一、第二十号証の二の各宣伝ビラは参加組合員が持参したものではなくたまたま同行した外部団体員が持参したもので申請人らはこれらの宣伝ビラに記載してあつた内容についてはこれが虚偽の事実であるとの認識を欠き、その内容に注意を怠つたという過失はともかくとして会社を誹謗せんとする意図はなかつたという。

しかし申請人らがその内容が虚構の事実であることの認識を欠いたとの点については措信するに足る疏明がない。しかも本件農村宣伝においては外部団体名義の宣伝ビラも外部団体独自の行動において配布されているのではない。即ち、疏明によれば、前記外部団体員五名はいずれも当日最高リーダーである申請人、武井の承認を経てこれに参加し、参加組合員らが班編成されるにおいてそれぞれ、申請人武井、同伊藤、同児玉同小島などをリーダーとする各班に編入され、各班の一員として行動していること、及び外部団体員持参の宣伝ビラも申請人武井がこれを配布するに同意して各班に分配し、各班員を通じて農民に配布したことが認められる。これらの事実に照らせば、外部団体員持参のビラ、外部団体員の宣伝活動は右申請人らの宣伝活動と一体をなしているものと認められるので、その配布者がビラの記載内容を諒知せず又は諒知できなかつたことについての特段の事情の疏明のない本件においてはその記載内容を諒知していたものと推認するの外なく且つそれが事実であると誤信すべき事情が何も認められないので右ビラの配布により会社を誹謗する意図を否定することはできない。

(5) 次に申請人らは以下の如く主張する。国外向硫安の製造には国内向粉状硫安を更に結晶体とする一工程が加えられておりまた国外向硫安は窒素分のみならずその他の成分(水分及び遊離硫酸)の成分規格が特に厳重でこれがその契約書に明示されてあつたところから、当時申請人らを含む組合員は一般的に国外向は良質で、国内向は悪質であると常識的に信じていた。農村宣伝においてはこの常識的事実をその儘外部に発表したにすぎず虚構の事実の宣伝にはならない。

右のように主張するのであるが、一般的に右のように信ぜられていたということについては措信するに足る疏明がない。その上、国外向硫安が国内向に比し特に成分規格が厳重であつたとの点を認むべき疏明もないし、硫安における窒素含有率が国内向国外向の間に差異ないこと前記認定のとおりである以上、その余の成分の含有率もまた差異がない筈であるから右申請人ら主張の常識的事実なるものはこれを信ずべき合理的根拠がなんら認められない。それ故農村宣伝参加者が常識的事実を宣伝したと首肯するに足りない。

(三)  硫安の窃取について

1、右農村宣伝に当り農民に呈示した硫安は会社から持出の硫安であることは申請人らの自認するところであるが、会社がこれを窃取であると主張するのに対し申請人らはその犯意を否定して次のように主張する。訴外武石は農村宣伝を実行するに当り硫安を持参これを農民に呈示すれば宣伝が効果的であると考え、二月十四日(農村宣伝実行の前日)組合書記長羽吉に対し会社に交渉の上硫安を貰い受けて呉れるよう依頼した。而して、当然会社の承諾が得られるものと信じ、会社より回答を待たず訴外黒沢と共に硫安倉庫に赴き倉庫において作業中の丸全昭和運輸株式会社の労務者から図面袋二個にそれぞれ結晶状硫安と粉末状硫安を詰めて貰つた。しかし当日は会社からの回答がなかつたのでそのままこれを倉庫内に放置しておいた。翌十五日早朝訴外黒沢は会社の承諾回答があつたものと信じ、申請人児玉と共に硫安倉庫に赴き前記硫安入図面袋二個を組合事務所まで持出した。その後農村宣伝参加者の誰かによつて横浜駅に持参され厚木方面に向う電車内において各自に分配されたものである。右のごとき事実を主張し、会社からの承諾の回答があつて既に組合所有の硫安となつていると誤信して持出したのであるから犯罪行為は成立しないと主張する。

訴外武石及び同黒沢により二月十四日準備された本件硫安が申請人児玉及び訴外黒沢により二月十五日朝会社硫安倉庫より持出されたことは疏明により認められる。しかしながら、組合書記長羽吉を通じて会社に申請したとの点についてはこれに副う疏明はその余の疏明に照らし措信し難く、且つ会社より会社製品を持出すについては所属長の許可印を受けた物品持出証を会社警備所に提出するという手続が定められており、会社の承諾は持出証への許可印という手続によつて現わされるのが通例であつたことが疏明により認められるから、申請人児玉らがかかる手続なくして会社の承諾があつて既に組合所有の硫安となつていると誤信するということは到底ありえないことである。申請人らは右誤信の理由として組合が会社から物品を貰い受ける場合は従業員が貰い受ける場合と同一の手続を要するものではないと主張するが、この事実を認むべき疏明もなく、且つ、本件当時の如く争議中で会社組合間の信頼関係が破れているとき組合のかかる申請に会社が容易に応ずる筈がないことは組合員には判断がつく筈であり、この点からも会社の承諾を誤信したとの点は首肯し難い。

右の次第で結局本件硫安は申請人児玉などにより会社硫安倉庫から窃取されたものと認定する外はない。

2、ところで会社は右窃取行為は申請人伊藤、同武井、同小島を含む農村宣伝のリーダーらの共同謀議に基き申請人児玉、訴外黒沢らをして実行せしめたのであると主張する。

疏明によれば、宣伝活動の具体的方法につき立案し、硫安の見本呈示についても議論した二月十日の教宣部班長会議には申請人伊藤、同武井、同小島らが出席していること。十四日夜右申請人らを含むリーダーらは会社構内組合事務所に宿泊したこと。十五日朝電車に間に合うように硫安倉庫から硫安を取つて来なければならないと組合事務所内で話し合つた二、三の者があり、この声に応じて訴外黒沢らが自転車で取りに行き組合事務所まで持出して来たこと。組合事務所からは訴外武石が持出し、その際同人が警備所前を通るときに一団となつていれば守衛の目が届かないだろうと語つたこと。硫安は厚木方面に赴く電車内において各班に分配されたが、この際誰もこの硫安につき疑念を抱いたものがなかつたことなどが認められ、右認定に反する疏明は信用できない。

右事実を綜合すると、前日硫安倉庫に赴き持出の準備を整えた訴外武石は勿論、その他にも共謀に参画した者があつたことは想像に難くなく、また電車内における分配の頃には情を知つた者が多数に及んでいたと推認できるのであるが、硫安窃取当時具体的に誰々の間に共謀があつたかについてはこれを疏明するに足る資料はなく、会社主張のように申請人武井同伊藤、同小島らも共謀していたと断定するについては疏明が不十分というに帰する。

3、会社製品を窃取する行為は正当な組合活動でないこと勿論であるので、この所為に関与した者が就業規則に照し責任を問われるのもまた当然である。

(四)  本件農村宣伝が組合活動であつたかについて

申請人らは本件農村宣伝は組合活動として実行されたものであると主張する。しかしその宣伝内容は前記のとおり虚構の事実であつて、その結果会社の社会的信用を著しく毀損するものであるので、このような行動は法律の許さないものというべきであり、これがたとえ組合の意思決定による活動として実行されたとしても正当な組合活動というを得ないから、これを企画、実行した者は、不法行為などの観点上会社に対しその責任を免れないところである。然し組合の意思決定に基く活動として実行されたか否かということは責任者の情状として問題となると思料されるので右申請人らの主張についても一応の判断をすることとする。もつとも組合員の行動が組合活動といい得るためには常に逐一組合の具体的な意思決定に基くことを必要とし、その決定のないものは組合活動とはならないという趣旨によるものではない。蓋し組合活動にも事の性質上軽重の差のあることはいうまでもないところであり、労働常識上日常の組合活動と目される性質の行動であつて、その都度組合の意思決定を待つまでもなくその授権あるものとして組合活動の取扱を受ける一群の類型に属する行動の存することは労働慣行に照し疑を容れないところである。而して本件農村宣伝は右にいう類型に当らないものであることは多言を要しないので組合規約等別段の定めのない限り組合の意思決定機関による決定がなければ組合活動と解することはできないからこの点を検討する。

1、申請人らは本件農村宣伝を組合として実行するに至る経過として次のごとき事実を主張する。

即ち、昭和二十八年一月十三日組合決議機関たる組合代議員会が会社から組合に呈示された争議妥結案受諾を否決し、闘争継続を決議するに際し、戦術的意義の一つとして「戦線統一と労農提携」ということが決議されたこと。同月十九日組合執行委員会において労農提携を実施に移す必要があることが決定されたこと。同月二十日執行委員会において闘争組合として再編成された各専門部の業務内容が決定され、この決定に基き同日の教宣部会(教育宣伝部は教宣部と略称される)において教宣部の組織編成(教宣部各班の班長班員の構成及び分掌事項の決定)を行い、労農提携は渉外宣伝班の分掌事項と決定されたこと、同月二十二日中央委員会において右決定が承認されたこと。同月二十八日執行委員会で農村宣伝関係にも力を入れることが決定されたこと。二月四日執行委員会で労農提携を含むスローガン五項目が確認決定され、同日の教宣部会で農村向ビラを作成し、併せて農村宣伝対策を行うことが確認されたこと。二月十日執行委員会において各部の行動予定が論議され、教宣部に付てはビラの配布など論議されたが、具体的行動は教宣部長に一任され、同日の教宣部班長会議で農村宣伝の具体的立案が為され決定されたこと。右申請人らの主張事実中、一月十三日組合代議員会において「自主自由貿易の促進」などと共に「戦線統一と労農提携」が戦術的意義として決定されたことは疏明によりこれを認めることができるから、申請人ら主張のように「労農提携」ということが組合の正式な決議機関の決定により組合の運動方針として確立されたものということができるし、また、一月二十日の執行委員会において闘争継続のための措置として闘争組織および組合規約第三十条による執行委員会の補助機関たる各専門部の業務分掌事項が整理決定された事実も疏明により認められる。しかし、その際教宣部の業務分掌事項として、労農提携が決定されたという事実についてはこれを認むべき疏明なく、却つて疏明によれば、右事項については話題にすらならなかつたと認めるのが、相当である。従つて、この執行委員会の決定を審議した一月二十二日の中央委員会においても労農提携については審議がなされた筈はない。また、申請人らの主張する如く一月二十八日、二月四日などの執行委員会において農村宣伝について論議されたとの点についても措信しうる疏明がなく、ただこの頃のある執行委員会の席上教宣部長栗原福蔵から農村宣伝に出掛けなければならないとの趣旨が申し述べられたが、これを議題に採り上げたり、審議決定したりするには至らなかつた事実を認めうるのみである。而して、組合規約によれば組合執行機関としては執行委員会があるのみで、組合決議機関(代議員会)において決議されたことはこの執行委員会において執行し、ただ執行委員会が必要と認める場合執行委員会に設けられた専門部にその執行を委任することができると定められているにすぎず、また専門部に設けられる班については規約上なんら規定なく、ただ専門部活動の便宜上活動を分担するため執行委員会の決定により設置されるに過ぎないと認められるから、右の如く執行委員会としては議題にもとりあげられていない以上、組合正式機関は本件農村宣伝になんら関知せず、この活動は組合としての活動とは別個の宣伝活動であつたと推認できる。仮に申請人らの主張する如く二月十日の教宣部班長会議で農村宣伝に関し具体的立案がなされたとしても、右の如く組合執行委員会がこれに関知せず執行委員会からの授権のない以上、所詮は分派活動の性格を有することを否定できない。

2、ところで、この点に関し申請人らは組合決議機関において決議されたことは執行委員会において実行に移されるわけであるが、闘争時においては平常時と異り執行委員会はストライキの開始終了、闘争の打切りなど闘争の基本問題、組合行動の基本方針を決めるのみで専門部の担当業務については慣行として大巾に専門部の専決が認められていたのであるから、たとえ執行委員会において具体的に決定されていなかつたとしても組合内部的に教宣部の活動が妥当であつたか否か批判されることは兎も角として、本件農村宣伝が本質的に組合の活動であることは否定できない、と主張し、この趣旨に副う疏明もないではなく、また、闘争時においては執行委員会の決定した方針に基き細目的にはある程度専門部の専行が是認されていたということも一応首肯できることである。

しかしながら、これまで本件争議に関し組合の闘争手段として一度も用いられたことのない農村宣伝という新しい行動に出るということは組合として極めて重大な問題であると認められるから、単に代議員会において「労農提携」ということが戦術的意義として極めて抽象的に決定されたのみでこの闘争手段を用いることが専門部の専行に委ねられるということは容易に首肯できず、かえつてその余の疏明によれば、その要する費用からしても、活動が闘争においてもつ意味からしても、本件農村宣伝より軽微か若くは同程度と認められる事項である昭和二十八年一月十七日の芝公会堂における肥料問題全国農民大会への組合員の派遣、三月一日厚木で行われた弾丸道路反対農民大会への組合員の派遣及び四月十日からの山梨県下への農村宣伝のための組合員の派遣についてはそれぞれ執行委員会の決定を経て派遣された事実が認められ、これらの事実に照らすときは本件農村宣伝活動が専門部の専権に属するような慣行の存在を認めることは困難であるので申請人らの右主張は採用しがたい。

3、更に本件農村宣伝が組合の活動として実行されたものでないことは次の如き諸事実からも明らかである。

(1) 疏明によれば、当時有効であつた京浜労連と会社との労働協約第百九十一条第三号は、就業時間の内外を問わず組合員が出張のため出門するに際しては組合長の許可印を得た出門証を要すると規定し会社川崎工場就業細則第六条にも同様の趣旨の規定がおかれていたが、二月十四日夜会社構内組合事務所に宿泊し翌十五日朝会社を出門して右農村宣伝に参加した組合員は、出門について組合長または書記長の許可を受けていなかつた事実が認められる。申請人らは争議中にはかかる労働協約または就業細則は適用がないと主張するがこの点を認め得る疏明は見出し得ない。

(2) 本件農村宣伝の直前である二月十二日の執行委員会において検討決定され二月十四日の中央委員会に附議された闘争予算において本件農村宣伝に関する費用は全然考慮されていなかつたことは当事者間に争いなき事実である。申請人らは教宣部で予算案を作成する当時である二月五日以前には、本件農村宣伝の実施について具体的行動が予定されていなかつたので、行動費として大巾に予算を組んであつたと主張する。しかし、疏明によれば当時闘争予算は半月毎に編成され、執行委員会において検討されるに際しては具体的行動予定に基いて一回三十円程度の出張費もすべて考慮にいれて審議していたことが認められ、若し前記申請人らの主張の如く農村宣伝を実施することが組合として具体化されたのであればその経費について審議がなされた筈である。しかも申請人ら主張の如くこの予算において行動費が通常より大巾に組んであつたとの事実についての疏明はない。

(3) 二月十四日教宣部副部長訴外野仲が組合会計より本件農村宣伝費用を前借するにあたり、組合書記脇田に対し組合委員長及び書記長の諒承があつた旨を告げてこれを欺罔しているとの点について、

疏明によれば、組合会計においては組合員が組合活動のため支出した費用についてすべて事後精算を原則とし、ただ闘争中は例外措置として書記長または委員長宛に借用証を提出しその許可をえて組合会計より費用を前借することが認められていたこと、二月十四日午後前記野仲は組合の会計事務を扱つている組合書記脇田のもとに至り口頭で委員長及び書記長の諒承をえているから教宣部の出張旅費として七千円を貸してもらいたいとの趣旨を申し述べ、脇田はこれにさしたる疑念も抱かず借用証と引換えに金七千円を手交したこと、及び当時の組合委員長片桐及び書記長羽吉は当日中央委員会に出席しており野仲からはこの点に関しなんら説明を受けていなかつたことをそれぞれ認めることができるから、野仲は脇田に虚構の事実を告げて借用したものと断定できる。申請人らは二月十四日午後中央委員会の席上委員長と書記長に翌日行う農村宣伝のリーダーの氏名、所要の費用などを記載したメモを呈示して承認を求めたところ、委員長がこれを諒承した事実があると主張するが、これに副う疏明は措信し難い。なお、申請人は更に後日正式の精算手続が支障なく完了している事実からも委員長らが事前に諒承していた事実が裏付けられると主張する。なるほど疏明によれば右前借金を事後正式に処理した二月十九日付の出金票及び組合活動実費補償請求書には委員長片桐及び書記長羽吉の認印があり、右金員の支途については事後別段問題とはならなかつたことを認めることができ、もし事前に諒承されていない支出であれば委員長らが認印するに際し当然疑念を抱くであろうことが考えられないではない。しかしながら、更に疏明によれば右のように前借の形式で支出された費用についての事後における正式の出金票処理は既に委員長または書記長によつて承認されて支出された費用に関する形式的な処理に過ぎないところから極めて機械的に認印され、相当数の伝票が委員長、書記長に回付されたときは個々の伝票についてその支途を再び検討するということは殆んど行われていなかつた事実が認められるから、委員長も書記長も右出金票及び請求書を同時に回付された他の伝票と同様既に承認済の支出に関するものと誤信し、右出金票及び請求書に農村工作班などと記載されてあつたのにも気付かずに認印したという事実もまた首肯するに足り、精算手続に支障がなかつたという事実からでは右申請人らの主張事実を裏付けるに足りない。

(4) 本件農村宣伝に際し配布された組合名義の宣伝ビラ(疏乙第四号証)は事前にも事後にも組合委員長に提示されていないこと。

疏明によれば、当時組合名義で配布する宣伝ビラは普通配布前に少くとも事後には委員長がその内容を検するのが通例であつたのに拘らず、本件の右宣伝ビラの内容及び配布については事前に承認を受けなかつたのは、勿論のこと事後においても全く委員長に報告された事実がなかつたことが認められる。

(5) 本件農村宣伝が事前に組合執行機関の決定を経て実行されるに至つたのでないことは前記認定のとおりであるが事後においても組合機関に対して正式な報告がなされていないこと。

申請人らは教宣部副部長野仲から委員長片桐に事後報告された事実、中央委員会の席上武石中央委員から報告をなしている事実及び三月八日付組合機関紙「労声」(疏甲第二十二号証)紙上の「家族の声」欄に本件農村宣伝に関する記事が掲載された事実を主張しこれを以て組合機関への報告はなされていると主張する。

疏明によれば、本件農村宣伝が実施された直後、野仲と委員長片桐との間において本件農村宣伝に関することが話題にのぼつた事実を認めることができるが、これは野仲から委員長への報告ということではなく、組合事務所に農村工作ということについての記載があるメモが遺留されていたことから疑念を抱いていた委員長が野仲に問い質したのに対し野仲がこれに応答したという事実であり、また、中央委員会での武石の発言も疏明によれば中央委員穴沢から詰問されこれに対し武石が受動的に応答した事実に過ぎない。これらの事実からすれば、いずれも組合活動として執行部の統制の下に行われた活動について専門部から執行委員会に対してなさるべき報告、若くは執行委員会を経て中央委員会に対してなさるべき報告とはその態様を異にし、むしろ組合機関から詰問され本件農村宣伝に関与していた者がこれに応答したに止まるものと認められるから、却つて組合としての活動ではなかつたことを裏付けるのみである。

更に申請人ら主張の組合機関紙上に農村宣伝隊報告として二月十五日に農村に赴いた事実に関する記事があることは疏明により認められるが、これも組合機関への報告というをえないと解せられる。機関紙は一般組合員に対する啓蒙宣伝のために配布されるものであつて、それに記事が掲載されるのもこの目的に止まり、その記事はここに検討しているところの専門部から執行委員会に、執行委員会から組合決議機関に対してなさるべき報告とはその性質を異し、これを以つて右報告にかえることはできない筈だからである。

4、以上のように本件農村宣伝が組合として企画、実行に移されたという事実は全く認めることができないのみならず、右3に認定の諸事実に照らすときは、むしろ、これを企画し、準備を備えつつあつた段階においては、組合機関たる委員長書記長及び執行委員会に対して殊更にその企図を秘匿していたと推認するほかなく、これを分派活動と認めざるを得ないから組合活動というをえない活動である。

5、なお、この点に関連して会社は本件農村宣伝は昭電川崎工場統一委員会のメンバーが化学神奈川統一委員会と提携して企画し実行したものであり、その実行化の直接の契機は昭和二十八年二月四日大化学労働組合事務所で開催された「昭電川崎の闘争についての懇談会」に申請人深町が出席し、他の外部団体とともに農村工作を企画立案したことにあつたし、その背景としては日本共産党からの指令があつたと主張する。

右主張事実中懇談会が開催された事実及び申請人深町が右懇談会に出席したことは申請人らの認めるところである。而して、疏明によれば本件争議当時会社正門前などにおいて日本共産党昭電細胞、昭電川崎統一委員会、化学神奈川統一委員会などの名義の宣伝ビラがしばしば会社従業員を対象として配布されていたこと。それら宣伝ビラの記載には出血輸出を強く糾弾する趣旨が見受けられ、これは本件農村宣伝において配布された宣伝ビラの内容とその趣旨を同じくすること。本件争議後一年を経て日本共産党中央機関紙「前衛」(一九五四年三月号、第九十号)(疏乙第二十六号証)の論説に本件争議及び本件農村宣伝にふれた記事があり、これに「昭電闘争のばあいは党の政治的指導をうけいれる傾向にあり、組合は農村には工作隊を派遣し農民に共闘を訴えた」との趣旨が述べられていること。化学神奈川統一委員会を編集名義とし大化学神奈川地方労組を発行名義とする「化学の友」(第一〇五号)と称するパンフレット(疏乙第六号証)数部が本件農村宣伝にあたり同行した訴外金子圭之(大化学労組より参加)により持参され、参加組合員に配布されたこと。右パンフレットには化学神奈川統一委員会と称する団体が昭和二十七年九月六日、七日の両日昭電川崎、昭電横浜など参加の下に神奈川県愛甲郡高峯村(本件農村宣伝においても同村に一班が派遣されている)に農村調査のための調査団を派遣した旨記載され、その調査報告と称する記事があること。昭和二十八年二月四日大化学労働組合事務所で開催された「昭電川崎の闘争についての懇談会」は前記金子が主宰し、申請人深町のほか昭電横浜、保土ケ谷化学、大化学労組などからの出席があり、その席上労農提携の具体的行動として農民に出血輸出の実状を知らせるため農村宣伝を行うことなどが決定されたこと、及び本件農村宣伝に際して組合名義の宣伝ビラの外に配布された化学神奈川統一委員名義の宣伝ビラ(疏乙第五号証)は宣伝当日前記金子により約三百五十乃至四百枚持参されたものであること、以上の事実を認めることができる。そこで、本件農村宣伝がその思想的基盤において、その動機、目的などにおいて日本共産党の主張、昭電川崎細胞、昭電川崎統一委員会、化学神奈川統一委員会名義の各宣伝ビラに記載された主張、及び二月四日の懇談会での決定などとほぼ同一であり、また、その実行時における外部団体の参加もあらかじめ緊密な連絡があつて行われたものと推認せざるをえない。しかし、一方これらの事実から直ちに右被申請人会社の主張を認めうるかというに、右の如くただ昭電川崎統一委員会、あるいは昭電川崎細胞名義の宣伝ビラが配布されていた事実からでは申請人らがこれらの団体の一員であるとの疏明たりえないのは勿論のこと、かかる団体の存在についても充分な疏明あるとはいえないのであつて、従つてこれらの団体の存在を前提とする会社の主張は採用し難いし、また、本件農村宣伝に関し日本共産党及びその下部組織などがその意義を喧伝したとしても、かかる政党からいかなる指令が発せられいかなる経路を経て本件農村宣伝の企画実行者に伝達されたかについて充分な疏明がないのであるから、かかる政党からの指令に基いて本件が実行されたとする被申請人の主張も認め難いところである。更に二月四日の懇談会についていうならば、申請人らは申請人深町がこれに出席したのは、組合に対し参加の要請があり組合渉外部長としてその職責上出席したものであり、闘争状況を報告の上中途退席し右認定のこの席上での決議には参加していないと主張し、これに副う疏明も一応存在する。そして仮に申請人深町が右決議に参加しているとしても、疏明によれば右決議では何時何処で農村宣伝を行うか、或いはいかなる宣伝ビラを配布するかなどの具体的計画は見出し得ず、未だ一応の方針或いは抽象的企画の段階にとどまるものと認められる一方、右懇談会から本件農村宣伝を実行するに至る間懇談会に出席した申請人深町がその企画にいかに参画していたかについては全く疏明がないから右懇談会を主宰した大化学労組の金子が本件農村宣伝に宣伝ビラを持参して参加している事実を斟酌しても、右懇談会及びこれへの申請人深町の参加を本件農村宣伝の直接の契機と断定することは必ずしも適切でない。

よつて本件農村宣伝は組合と無関係に実行された分派活動であることは前記のとおりであるけれども、会社主張のごとく、これを昭電川崎細胞、昭電川崎統一委員会と称する団体の存在及びその活動に関連せしめ、あるいは右懇談会が直接の契機であるとして性格づけることは相当でないといわねばならない。

(五)  これを要するに、厚木地区農村宣伝は正当な組合活動であるとの疏明はないから宣伝行為またはこれに関連する会社硫安の無断持出を企画または実行した者が、これを理由に不利益処遇を受けても労働組合法第七条第一号違反となる余地がないばかりでなく、宣伝活動において虚構の事実を宣伝したことは会社の体面を著しく汚したものというべきで、会社就規則第三十九条第一項第十二号に該当し、また、右活動に際しての硫安の持出は会社の品物を盗んだものであるからこの所為は同条同項第七号に該当するものといわなければならない。

三、山梨地区農村宣伝

(一)  昭和二十八年四月十日山梨県指導農協連合会からの連絡に基き組合は組合員九名を山梨県下に派遣したこと。右派遣は組合執行委員会の決定によるもので、執行委員会は組合の闘争資金カンパを目的として派遣を決定したこと。派遣された組合員は現地に赴いたが資金カンパにさしたる期待が持てない情況にあつたので一部組合員は直ちに引返し、残留者は一万余円の資金カンパを得て帰つたこと。

以上事実は争いない。

(二)  会社はこの山梨県下への組合員の派遣は表面資金カンパに名を藉りることによつて組合機関によりこれを決定しているが、その真の目的は山梨県指導農協連合会と協同して二月十五日の厚木地区におけると同様の農村工作を行わせることにあつたと主張する。

疏明によれば、本件農村宣伝に派遣された組合員が現地に到着し、山梨県農協連合会に赴くと、その夜宿舎に来た山梨県農業会議の議長溝口から早速に見本の硫安の提出を求められ、持参しなかつた旨応答すると不満の様子であつたこと。同時に硫安の原価、国内向硫安及び国外向硫安の成分の差異などについて質問を受けたが派遣された組合員は資料もなくこれに充分答えることができなかつたこと、山梨県指導農協連合会ではかねて組合宛に組合員の派遣とともに結晶及び粉末状硫安の見本の持参を要請していたこと、現地側では派遣された組合員を四班に分け、一班はトラックに乗つて当時行われていた参議院議員選挙の選挙運動の応援をなし、他の三班に農村を巡回せしめる計画を持つていたこと及び右のような諸事実から派遣された組合員は現地側で組合員が了解しているところとは異つた計画で組合に組合員の派遣を要請したのではないかとの疑念を抱き、結局翌四月十一日約半数の者はなんらの活動をしないで引き返したこと、などの事実が認められ、これらを綜合すれば組合員の派遣を要請した現地側では派遣された組合員に組合の闘争資金カンパとは別異の活動をなさしむべく企画していたことは推認するに難くない。しかしながら、組合員派遣について決議した組合執行委員会がこれにより資金カンパ以外の目的を達することを意図していたこと、あるいはこの決議に参加した執行委員長申請人深町及び執行委員のうちにかかる意図を有するものがあつたとの点については、これを右事実から推認することはできないしその他にもこれを認むべき疏明がない。もつとも、疏明によれば、組合教宣部長訴外栗原が派遣組合員の出発に際し当時組合員に配布されていた「肥料問題の本質とその闘い方」と題するパンフレット(疏乙第一号証の九)を示し資金カンパに際し硫安の問題について質問を受けた場合は大体この程度のことは説明してよいではないかと述べたこと及訴外武石が現地にあつた派遣組合員の一人である訴外管野のもとに日本共産党昭電細胞名義の宣伝ビラ(疏乙第一号証の八)などを託送したことが認められ、これらの内容は前記二(二)において列挙したところの厚木地区農村宣伝において配布されたビラとその趣旨を同じくすることもまた明らかであるが、これらの訴外栗原、同武石の所為が同人らの個人的判断にいずる所為以上のものであるとの疏明はなく、この事実から組合員派遣の目的を断定することは相当でない。

よつて、右会社の主張は採用し難い。

(三)  次に、派遣組合員の現地での活動について検討すると、疏明によれば、右認定の如き現地側で予定した活動計画はすべて現地側により撤回されたこと。組合員らは協議の結果翌十一日午前電話で組合事務所と連絡の上、組合として自主的に行動し闘争資金カンパを行うことに決したこと、十一日午後からは甲府市の二、三の工場において資金カンパをなし、十二日から十四日に至る間は県下各地農村において同じく資金カンパをなしたこと、十五日午前開催された農民大会において派遣組合員の一人から組合闘争速報を資料に闘争経過報告をなしたこと及び右期間を通じて宣伝した事実は会社側のなしたロックアウト、硫安出荷阻止のピケッティングに絡る組合員の検束などの事実に止まることが認められ、前記昭電細胞名義の宣伝ビラ(疏乙第一号証の八)も一枚も配布されずに持ち帰られているのであつて、厚木地区農村宣伝における如く全社事業について虚構の事実を宣伝したとの疏明は全くない。

(四)  右の次第で本件宣伝活動は会社の体面を著しく汚した所為というをえないのは勿論のこと会社就業規則の他の懲戒条項のいずれもこれに適用することはできないと認められるから右活動を懲戒解雇の事由とするのは失当である。

四、出荷妨害

(一)  昭和二十八年三月十七日組合が会社川崎工場岸壁に接岸し硫安積出作業中であつた訴外丸全昭和運輸株式会社の第六十六昭和丸船上を占拠したこと。訴外光興業株式会社は三月十八日横浜地方裁判所に対し、組合を被申請人として出荷妨害排除の仮処分を申請し翌十九日裁判所は組合は第六十六昭和丸、鈴兵丸、第八武芳丸に対する光興業株式会社の使用並びに占有を妨害してはならないとの趣旨の仮処分決定をなしたこと、右仮処分の結果、組合は翌二十日闘争指令を発して占拠中の第六十六昭和丸から全員退船すべきことを指令し、組合は同船の占拠を解除したこと。同月二十二日午前八時過頃前記第六十六昭和丸及び鈴兵丸の二隻が硫安積出のため前記岸壁に接岸したところ、組合は小船を傭つてこれに組合員を乗せ運河をわたつて岸壁に上り旗竿を横に渡し持つてスクラムを組み、労務者によつてなされている硫安積込作業を阻止したこと。同日午前十時五十分頃右阻止現場において申請人伊藤、同武井、同児玉を含む九名の組合員が警察官により逮捕されたこと。

以上の事実は当事者間に争いない。

(二)  会社は組合が右の如くして出荷妨害をなしたことは違法な争議行為であるから、その責任者は故意に作業を妨げ、大きな支障または事故を起し、且つ、会社の体面を著しく汚したものであると主張するので、まず右争いなき事実と疏明によつて認められる事実を綜合してその出荷阻止の事実関係を認定すれば、大要以下の如くであることが認められる。

1、妨害行為の状況

(1) 三月十七日の状況

昭和二十八年一月三十一日附で訴外光興業株式会社と会社の間で硫安の置場渡契約が締結された。訴外丸全昭和運輸株式会社は右光興業株式会社の依頼により、会社から光興業株式会社に右置場渡契約に基いて譲渡されていた会社川崎工場硫安倉庫在中の硫安を出荷すべく、第六十六昭和丸第八、武芳丸、鈴兵丸の三隻を会社川崎工場岸壁に接岸し積荷することとなつた。三月十七日午前十一時半頃まず第六十六昭和丸が接岸し積荷の準備を開始したところ、組合員の乗つた小舟二艘がつぎつぎと同所に到着し、まず二、三名がほしいままに同船に侵入し船長に積荷作業を中止するよう申し向けると共に作業中の船長の腕などに掴つてその作業を妨害し、続いて組合員約二、三十名は同船上を通つて岸壁上にいた丸全昭和運輸株式会社の作業責任者小島に対しても同様の趣旨を申し向けたが小島はこの硫安は光興業株式会社の所有で丸全昭和運輸株式会社はその依頼により出荷するのであり、また自分は本社の指示に従つて作業に従事しているのであるから自分の独断では中止できないとこれに応答した。

一方船上の積荷準備が完了し、丸全昭和運輸株式会社に傭われた労務者が叺入硫安を倉庫より搬出し船に積込を開始する頃には組合員を乗せた小舟は更に二、三艘到着、組合員の数も六、七十名以上に増加し、それと共に組合員は岸壁と船をつなぐ「歩み板」上に四、五十名がスクラムを組んで労務者の積込作業を妨害するに至つた。労務者は当初このスクラムを押し退けて積込作業を強行していたが、更に強行するならば海中に墜落して負傷する者も生ずべき情勢となつたので、小島は止むを得ず労務者に作業中止を命じた。その後労務者をして岸壁上から直接船中に放り込んで積荷せしめ、この方法により二、三十俵を積込むことができたが、これに対し組合員が船の舷に立ち塞つて手を挙げてこれを妨害し、申請人武井が赤旗を所持して船底に臥り俺を潰してから硫安を積めと叫んだので、これに続いて多数組合員が船底に入り、危険のため積荷が不可能となつた。前記小島はその間も現在積荷中の硫安は光興業株式会社の所有であるから妨害しないで欲しいという趣旨を組合員らに告げたのであるが組合員はこれに応じなかつた。次で正午頃鈴兵丸も到着したが、接岸と同時に組合員に同様占拠された。そして同船に乗船して来た丸全昭和運輸株式会社業務部次長金子からも光興業株式会社所有の硫安の出荷であることを組合員らに説明したが、組合員は妨害を続け積荷作業は中止されたまま午後三時頃に至つた。この間金子は組合事務所にも赴き組合委員長である申請人深町らとも交渉したがやはり組合の納得を得られなかつた。また午後三時半頃に至り丸全昭和運輸株式会社では第六十六昭和丸及び鈴兵丸の船中に同社と船長との名義で立退きを要求する趣旨の掲示をなしたが依然組合は船を占拠し続けた。このような状況であつたので同社では当日はも早や作業不可能と判断し、労務者を帰宅せしめ、前記小島他一名の職員が硫安倉庫前の同社詰所に、船長らは接岸したままの船中にそれぞれ宿泊し、組合側もまた小舟で交代しながら船の占拠を続けた。

(2) 三月十八日から二十一日までの状況

翌十八日も組合は依然船の占拠を続け積荷作業は不可能であつた。十九日午前組合委員長である申請人深町から丸全昭和運輸株式会社の小島に対し接岸中の船を離岸させるよう申入れがあり、同社では光興業株式会社から申請の前記仮処分申請が近く決定ある見込みであつたところから一応組合側の右申入れを容れることとし、申請人深町など立会の上積込済の硫安をすべて再び荷揚げし空船として横浜に向け出航せしめた。二十日午前九時頃第六十六昭和丸、鈴兵丸、第八武芳丸の三隻が再び前記岸壁に接岸しようとしたが、組合員の乗つた小舟四、五艘が岸壁下にあつて容易に接岸できず、辛うじて第六十六昭和丸が接岸すると、前日同様組合員らは同船に乗り移り積荷準備作業を妨害するので積込作業は到底不可能と判断し、丸全昭和運輸株式会社では前記仮処分決定が組合側に伝えられるまで作業を中止することとした。而して、その後横浜地方裁判所執行吏が前記決定主文を岸壁及び各船に掲示し、組合からは組合員に対し退去を指示した闘争指令が放送されるにおよび、組合側はこの日の出荷妨害をやめ、組合員は全員引揚げ漸く作業可能となつたので、丸全昭和運輸株式会社では労務者に命じて出荷作業を開始し、午後七時半頃三隻は積込を終つて出航した。

二十一日は出荷を行わなかつた。

(3) 三月二十二日の状況

三月二十二日午前八時半頃第六十六昭和丸は前記岸壁に接岸舷と岸壁にかけて箕子板数枚を並べ約二十名の労務者が硫安倉庫より叺入硫安を搬出、箕子板を渡つて積荷を開始したところ、組合員を乗せた小舟が同船を追つて到着し、組合員岩壁上に上陸し、当時会社側のロックアウトにより従業員の立入禁止を命ぜられ、その地域なることをバリケードを以て明示されていた地域内にも侵入しつつ旗竿を横に渡し持つてスクラムを組み、右積込作業を阻止した。丸全昭和運輸株式会社作業責任者小島は現場に赴き、スクラムの中央にあつた組合書記長訴外羽吉に対し昭和電工株式会社には関係のない出荷であり、既に仮処分決定もあつたことであるからスクラムを解き妨害を止めるようと要請したが、組合側は依然スクラムを解かなかつた。小島は止むを得ず午前九時二十分頃再び労務者に積込を命じたが、組合側は右羽吉と共に申請人伊藤、同武井らを中心とし前記箕子板上に旗竿を横に渡し持つて強固なスクラムを組んでいるため労務者は船まで叺を運ぶことができず、スクラムを組む組合員の頭越しに船中に投げ込もうとすれば、組合員は手を挙げてこれを受け止め叩き落して阻止し、更に労務者が叺上に乗つて上から投げ込もうとすると組合員もまた受け止めた叺上に乗つてスクラムを組むといつた状態で依然積込作業は阻止された。午前九時三十分頃に至り丸全昭和運輸株式会社の要請により制服警官三名が現場に到着、スクラムを組んでいる組合員らから充分見通し可能な硫安倉庫の壁板に「この出荷は昭和電工株式会社の業務ではありませんので妨害すると刑事上の犯罪となる虞れがありますから妨害は止めて下さい」との臨港警察署長名義の告示を掲げるとともに、同様の趣旨を特殊メガホンで組合員らに説明、組合員らの退去を勧告した。そして、遂に午前十時頃警察側は十五分間以内にスクラムを解かない場合は業務妨害として実力行使することを明らかにし、更に警察官二、三十名が到着するにおよび、前記羽吉は丸全昭和運輸株式会社の小島に対し組合委員長申請人深町との交渉を要請したので、小島は右要請に従い、同社業務部次長金子と共に当時現場より約二十米隔つた第二海水喞箇所附近にあつて出荷妨害をなす組合員を指揮していた申請人深町のところに至り出荷妨害をやめるよう要請したが、深町は「スクラムは解けない。どうしても積込むのならば組合員の頭越しに積込んだらいいだろう」との趣旨を申し述べてこれを拒否した。そこで、小島らは積込現場に戻り右深町の言に拘らず労務者に積込を命じたのであるが組合側は依然として同様の妨害行為を続けたので午前十一時警察側は実力行使を開始しスクラムを組んでいた申請人伊藤、同武井、同児玉を含む九名を検束すると共に、スクラムの中央を約二間幅に開き漸く作業可能となつた。

以上の事実が認められ右認定に反する疏明は信用できない。

2、組合の方針

而して会社が、組合執行委員会は当初より実力による出荷阻止の方針を定め、この方針に従つて三月十七日以降二十二日に至る間右認定の如き出荷妨害が実行されたのであると主張するのに対し、申請人らは執行委員会において決議していたところは適法な説得行為を強力に行うことにとどまつていたと主張する。

疏明により組合員が右認定の出荷妨害行為に出るについての経過をたどると以下の如き事実が認められる。即ち、二月十一日の執行委員会において当時組合が行つていた出荷部門のストライキに対抗して会社が強行出荷をなす場合を考慮し、これが対抗策を討議した結果、組合としてはピケッティングを行うこと、そして建前は説得であるが実際にはその出荷阻止を効果あらしめるために四重五重のスクラムを組むという基本的計画が決定され、この基本的計画はその後三月二十二日に至るまで変更されなかつたこと。執行委員会の基本的計画に副つて作成された三月七日発行の統制部長名義の宣伝ビラ(疏乙第二十五号証)には強制出荷が行われる場合は十重二十重にスクラムを強化しようとの趣旨が謳われていること。三月十六日に至り全港湾労組から入つた翌十七日会社が出荷を強行しようとしているとの情報に基き執行委員会を開催し強制出荷の対策として艀、表門、裏門、倉庫、鉄道の五つのピケッティング班を組織し、各班の責任者には執行委員を充て具体的に阻止の方策を決定したこと。三月十七日前記認定の組合員による第六十六昭和丸の占拠等の出荷妨害行為が開始されて以来三月十九日に至る間組合委員長名義の闘争指令第九八号乃至一〇二号(疏乙第二十四号証の四乃至八)はいずれもかかる出荷阻止を是認し、更にこの方針を堅持しつつ強力に阻止を続けることを指令したこと。三月二十日には前後二回の執行委員会が開催され、第一回の委員会では仮処分決定を尊重して占拠中の第六十六昭和丸から組合員を退去せしめることが決定されたが、第二回目の委員会において今後の対策が協議され、たとえ光興業株式会社の業務であろうとも出荷は阻止せねばならぬとされ、基本方針は不変であつたが、具体的方法については結論に到達するに至らなかつたこと。三月二十一日夜右基本方針に基いて訴外栗原、同羽吉、申請人伊藤らが具体的方法について協議したところ、前記仮処分にも違背せず且つ会社のロックアウトによる立入禁止区域にも立入らずに出荷阻止をなす心算で会社のバリケード外でしかも船の外である岸壁を利用してスクラムを組む方法を採用することを定めたこと及びこの方針に従つて三月二十二日行われた出荷妨害は遂に警察官の組合員検束という事態まで惹起したが、闘争指令第一〇五号(疏乙第二十四号証の十)はこれを正当な争議行為として是認しさらに強力に闘う決意を示していることなどの事実が認められ右認定に反する疏明は信用できない。右を綜合すれば単に平和的説得に止まらず三月十七日以降実行された如き強力なスクラムによる労務者の通路の完全な遮断若くは積荷中の船の占拠などによる出荷阻止を行うことは二月十一日以来組合執行委員会の一貫した方針であつたと認めるのが相当である。もつとも前記闘争指令などには処処に説得の文字を見受けるが、当時実施されつつあつたピケッティングが前記認定のとおりで到底これを説得と呼称するを得ないものであつたことに鑑れば右闘争指令などのいわゆる説得なるものは二月十一日に定めた執行委員会の基本方針の如く一応の建前として説得と名付けているに止まり、その意味するところは船の占拠、スクラムによる通路遮断など有形力の行使であること明らかであるので、右認定を左右するに足りない。

(三)  右出荷妨害行為の正当性につき検討しよう。

1、労働組合がストライキに際しその実効を挙げるために行うピケッティングは一般に正当な争議行為と認められているがそれはいわゆる平和的説得の限度においてである。そしてこの法理は争議の相手方たる使用者の作業に従事せんとする労働者に限らず使用者以外の第三者に雇われ第三者の購入した物品の出荷作業に従事せんとする者に対しても適用を異にするものではない。申請人らは第三者たる荷主といえども争議中に使用者の製品を出荷せんとして出入するときは組合のピケッティングに阻止せられることも止むを得ないもので争議行為の場においては第三者の私権行使も争議行為の反射的効果として制約を受けると主張するのであるが、平和的説得以上の阻止を正当視する見解は失当である。

ところで、本件においては右に認定したように組合員らは丸全昭和運輸株式会社が使用している船中にその占有者の意思に反してほしいままに侵入してこれを占拠し、或いは積荷作業の行われる岸壁上において、旗竿を横に渡して構え強固なスクラムを組んで丸全昭和運輸株式会社の労務者が硫安入の叺を運ぶ通路を完全に遮断などして右労務者がピケ隊の説得を肯じないで遂行しようとする作業を実力をもつて不可能ならしめ、同社からの再三の要請及び警察官からの勧告にも拘らず退去せずかかる妨害行為を続けたのであるから、これを正当な争議行為というを得ないことは明らかである。

そればかりではない。三月二十二日には横浜地方裁判所の仮処分決定により組合は第六十六昭和丸、鈴兵丸、第八武芳丸に対する光興業株式会社の使用並びに占有を妨害してはならないと命ぜられていたに拘らず、組合はこの命令に違反して右妨害行為にでたものであり、また会社のロックアウトにより立入禁止を明示されてあつた地域内に侵入したものであることは前記のとおりであるから情状特に重いといえる。もつとも仮処分命令違反の点については申請人は岸壁上にスクラムを組んだのであつて船の使用占有を妨害しなかつたと主張するのであるが岸壁から船への積荷作業は船の使用の一態様であり、箕子板上を占拠して船への通行を妨害することは船の権利者の使用を妨害したものに外ならないからこの主張は理由がない。

2、正当性の点に関し申請人らは本件出荷妨害は会社が会社組合間のスキャップ禁止協定に違反して会社川崎工場従業員以外の労働者を使用して出荷作業を強行せんとしたため組合が止むなく採つた緊急避難的自衛行為であつて違法性を阻却すると主張する。

当時会社組合間に労働協約として「争議に関する協定」があり、その第五条に「会社は組合の争議行為を妨げるような如何なる労務の提供も受けない」との条項があつたことは当事者間に争いない。

ところで右の如きスキャップ禁止協定はたとえ使用者がこれに違反しても単に使用者の労働組合に対する債務不履行に止まるから、組合は使用者に対しその責任を追及し得るのみで組合が違法なピケッティングを行うことができる権利を取得させるものではなく、また使用者の業務を妨害するという不法行為の違法性を阻却させる効果を発生するものではないと解すべきであるので申請人らの右主張は理由がないといわねばならない。もつとも使用者が組合との右の如き協定に違反した場合には、現場の情勢次第により説得は一層厳重になるであろうし使用者側の違反行動に対しピケ隊のある程度の反撃はやむを得ないであろうけれども本件におけるピケ隊の反撃は右の限度を超えていることは否定できない。然しながら違法なピケッティングの責任者に対する責任追及に当つては情状として充分考慮しなければならないわけであるから、本件においてもここに会社が右協定に違反したか否かについて検討することとする。

(1) 訴外光興業株式会社と会社との間において昭和二十八年一月三十一日附で硫安の置場渡し契約が締結され、光興業株式会社の依頼により丸全昭和運輸株式会社が会社硫安倉庫から光興業株式会社が購入した硫安を出荷せんとした時、本件出荷阻止の問題が起つたことは前記認定のとおりであるところ、申請人らはまず昭和二十二年肥料統制の廃止以来会社の通常の出荷形態としては置場渡契約をなしたことがないのに拘らず、会社が本件争議時において出荷についての従来の慣行を破り突如置場渡方式を採用したことは、従来の慣行の上に立つて労使関係を規整すべく協定された争議協定第五条に実質的に違反するものであると主張する。

疏明によれば、会社は従来主として着駅オンレール渡で製品を売渡し、発駅オンレールで売渡す場合も貸車への積込は会社においてなされ、いわゆる工場専用側線貨車乗渡、工場接岸艀機帆船または本船乗渡とされていたのであり会社の硫安倉庫に置かれたままで渡すいわゆる置場渡は通常殆んど行われず、ただ荷粉肥料(作業場内の掃き寄せ肥料で通常の製品ではない)などの売買について行われるに過ぎなかつたことが認められるが、一方硫安取引の態様としては置場渡も決して不自然な売買方法でないこともまた認めることができる。そして、生産品の処分は本来それの所有者たる使用者が協約等により別段の制限のない限り自由に決定することができるのであるから、労働者のストライキによる製品引渡の支障を避けるため、使用者が前記の如く置場渡の方法により生産品を処分し、その結果労働者が通常行つている業務の一部が節約され、ストライキによつて使用者に与える損失が軽減される結果となつてもこれを従業員以外の者から労務の提供を受けた場合と同視することはできないと解せられる。

(2) 右について申請人らは右の如き特別の協定ある場合は使用者の財産権も制約を受けると恰も右協定が使用者の製品の処分の権限まで制限したかの如く主張するが、右協定は文字通りただ会社が他から代替的に労務の提供を受ける場合についての規定としか解されない。

(3) また、申請人は従来従業員が行つていた作業をその形式を変更して第三者の労務の提供を受けること、即ち、本件の如く会社の出荷作業を第三者の出荷作業形式に変更して出荷することも右協定に違反すると主張する。しかし、本件の如く既に第三者に売渡しその所有となつた製品を第三者が出荷する行為は会社業務の単なる形式的変更に止まらず、既に第三者の業務に外ならないもので会社の業務としては単に第三者の製品引取が円滑に行われるように協力する義務とその引取を受忍する不作為義務を負うに過ぎない。即ち、本件硫安の売買契約は種類債権であると認められ、且つ置場渡は取立債務であるから債務者が給付をなすに必要な行為を完了したとき換言すれば、債務者が目的物を分離して何時でも引渡し得る準備を整えこれを債権者に通知したときに特定し、別段の特約なき限り特定により所有権は債権者に移転すると解されるところ、疏明によれば、本件においては昭和二十八年三月十六日丸全昭和運輸株式会社の小島(この場合債権者光興業株式会社の代理人又は使者)が会社川崎工場栗原業務課長に連絡したところ、第二倉庫の三十一番、三十二番にある硫安三二五屯が光興業株式会社のものであると告げられた事実が認められるから遅くもこの時には所有権は移転していたと認められ、も早や会社は債権者光興業株式会社若くはその命を受けた者の取立に応ずる義務があるのみであつて、三月十七日以降の出荷作業は純粋に荷主の作業であるわけである。従つて会社は叭詰などが既に完了していたと疏明により認められる本件出荷に関し第三者から労務の提供を受ける必要はなく、ただ数量確認のための万棒渡をなせば足りるのであつて、右万棒渡は非組合員栗原業務課長の指揮の下に同じく非組合員である人事係員高橋によつてなされていることが疏明により認められる。右の次第で、本件出荷において丸全昭和運輸株式会社の労務者によつて提供された労務を会社に対する労務提供と解する余地もなく、且つ会社は何等第三者から労務の提供を受けていないのである。本件置場渡契約による出荷は形式的にも実質的にも前記スキャップ禁止協定に違反することはない。

(4) なお申請人らは更に本件売買契約が仮装のものであり、事実は会社の出荷行為であつたとも主張するものの如くであるが申請人らの主張するところの従来からの会社の出荷下請業者である丸全昭和運輸株式会社が下請をなして出荷した事実、光興業株式会社から何人も現場の監督に派遣されていない事実、置場渡契約の締結が争議開始後の昭和二十八年一月三十一日である事実などを考慮してもいまだ本件売買契約を仮裝であると認めるには足りない。

3、また申請人らは本件置場渡契約については組合に対して何等の通告もなく、出荷は従来から会社出荷下請業者である丸全昭和運輸株式会社が下請をなし、形態的にも従前の会社業務と異るところがなかつたので組合は本件出荷作業を会社の業務と信じて出荷を妨害したもので違法ではないと主張し、或いは責任者の責任を阻却すると主張する。

しかしながら、仮に会社がスキャップ禁止協定に違反して他から労務提供を受けた場合も組合の採り得る手段は平和的説得又は緊急やむを得ない程度の反撃に止まり有形力を行使してその作業を妨害することは許されないと解すべきこと前述のとおりであるから、仮に申請人ら主張の如く組合が会社業務と認めその誤認に過失がなかつたとしても、それにより本件出荷妨害行為を正当ならしめ、若くは責任者の責任を阻却するには足らず、ただその責任者の責任の軽重につき情状として斟酌される余地があるに止まる。しかも、組合責任者が会社業務であると信じていたとの点については措信するに足る疏明なく、むしろ疏明によれば組合は会社以外の第三者の出荷作業であることを知りながら、これを協定に違反するものとして本件出荷妨害の挙にでたと認めるのが相当である。即ち、本件出荷が開始された三月十七日以来丸全昭和運輸株式会社作業責任者小島は組合側に対し再三にわたり光興業株式会社の所有物についての出荷であることを言明しており、三月二十日には光興業株式会社を申請人とする仮処分決定が組合に告知されており、更に三月二十二日には警察官より出荷は会社の業務ではないとの告示もあつたことはさきに認定したとおりであるし、また他の疏明によれば、本件出荷は会社が既に他に倉渡しで売渡した硫安の出荷であるとの記事を掲げた三月十八日付毎日新聞(疏乙第二十三号証)を組合書記長訴外羽吉が当時読んでいたこと及び同人は前同日読売新聞記者から第三者の出荷作業であることを告げられていたことが認められるから組合責任者は会社の出荷作業でないことを充分知悉していたと推認できる。申請人らは丸全昭和運輸株式会社の従業員の言は同社が従来から会社の下請業者であつた点から信用できなかつたとし、また前記新聞記事は不二商事の出荷とあつて喰い違いがありこの記事も信用するに足らなかつたと主張するが、これらと同時に光興業株式会社申請の仮処分が認容され、また警察側が会社の業務ではないとして組合員に退去を勧告するなど公権力による一応の判断も示されていたのであるから申請人の主張は採用し難い。

(五)  これを要するに、本件出荷妨害は違法なピケッテイングにより第三者の出荷業務を著しく妨害したもので、正当な争議行為の限界を逸脱していると解せられるから、その関係責任者がこれを理由に不利益な取扱を受けても不当労働行為というを得ない。

而して右の如く第三者が会社から置場渡で購入した製品を出荷する場合、会社としてはこの第三者の引取を受忍して出荷を円滑ならしめる義務があるのであつて、本件出荷妨害は会社構内である岩壁から船に積み込まれる際になされたものであるから第三者の引取完了後の事態ということはできず右の義務履行は会社取引業務の範囲内にあると解すべきである。従つて本件においては会社従業員が第三者の出荷を阻止したため結局会社は第三者に対し取引上の義務を充分に果し得なかつたのであつてこの意味においては本件出荷阻止は同時に会社に対する関係において業務妨害と解せられ、また、一方では会社顧客の出荷作業を妨害したのであるからこれにより会社の名誉、信用を毀損したものというを妨げない。申請人らは妨害行為は組合としてなしたものであるから直に別人格である会社の信用等を毀損することにはならないと主張するが、組合員は同時に会社従業員たる身分を有するのであつて会社従業員が会社顧客の作業を妨害すれば会社の信用等を毀損することは勿論である。本件所為は会社就業規則第三十九条第一項第五号の故意又は重大な過失により作業を妨げ大きな支障を起したとき及び同条同項第十二号の会社の体面を著しく汚したときに該当する。従つて、右に関する責任者がこれら条項を適用されても止むを得ないものである。なお申請人らは本件争議行為について会社は組合が行為に着手する以前から処罰を意図していたというが、申請人らの主張する会社通告(疏甲第九号証、第十一号証)は組合に対し正当な争議行為からの逸脱を警告していたもので、このこと故に会社が不当労働行為、若くは理由なき処罰を意図していたと認めることは到底不可能である。

五、申請人ら各自の所為と責任

(一)  申請人深町治郎

1、厚木地区農村宣伝

疏明によれば申請人深町が昭和二十八年一月十二日中央委員会の席上において外国には良質の硫安を二百円も安く売ろうとしている。我々は労農提携を実施しなければならないとの趣旨を述べたこと次で同人が一月十七日組合から派遣されて芝公園における全国肥料問題農民大会に出席し、会社は高価で悪質の硫安を農民に売り良質の硫安を安く外国に売つているとの発言をなしたこと、同申請人が起草した一月三十一日付当時の組合委員長片桐佳夫名義の「ごまかしといんぼう」と題する宣伝ビラ(疏甲第二十一号証)には会社の出血輸出に対して農民の怒りを向けさせることが労農提携の意義であるとの記載があること、一月中旬頃会社川崎工場今井技術課長にたいし農民をおいかけさせて赤旗とムシロ旗で会社を埋めてやると述べたことなどの事実を認めることができるから同申請人はかねてから本件争議を組合に有利に進展させるためには争議によつて迷惑を被ることあるべき農民の理解と協力を得る必要上、農民の不満を会社に向けることを企図し、労農提携及びその具体的方策としての農村宣伝の必要性を説いたことを窺知することができ、また、右のような同申請人の主張はさきに挙げた日本共産党昭電細胞名義のビラ昭電川崎統一委員会名義のビラ、化学神奈川統一委員会名義のビラの内容たる主張とほぼ同一の趣旨であることが認められるので、同申請人がこのような団体と主義上何等かの関連があるように看取できないではない。

しかしながら、二月四日大化学労働組合事務所において開催された昭電川崎の闘争についての懇談会における同申請人の出席を本件農村宣伝の直接の契機と認め得ないこと前記認定のとおりでありその他本件農村宣伝の企画実行について具体的に同申請人が関与したとの疏明はないから右認定のような同申請人が有していた信念と計画又は団体との主張上の関連性のみから直ちに同申請人を本件農村宣伝の関係者と断ずることは早計といわざるを得ない。従つてその責任を問うのは失当である。

2、出荷妨害

(1) 申請人深町が昭和二十八年一月十九日組合執行委員となり次で同年三月八日執行委員長に選任されたことは当事者間に争いない。而して、疏明によれば、さきに認定の違法な出荷阻止の方針を決定したところの二月十一日及び三月十六日の各執行委員会にはいずれも出席していることが認められる上に、右方針に基いて実行された三月十七日以降二十日までの出荷妨害に際しては委員長としてしばしば闘争指令を発し第六十六昭和丸の占拠などの方法による出荷妨害を是認し、更にこの方針を堅持しつつ強力に阻止を続けることを指令していたことはさきに認定したとおりである。

(2) また、三月二十二日の出荷妨害については、疏明によれば申請人深町が午前十時十五分頃出荷阻止現場の見通し可能な硫安倉庫脇の第二海水喞筒所附近に赴いたこと、右個所に到着するや間もなく出荷阻止のスクラムを組む組合員に対しこの出荷は違法であり組合員のピケッティングは合法であるインターナショナルを歌つて頑張れとの趣旨を叫んだこと、右姿を認めたピケ隊の指揮者である組合書記長訴外羽吉は丸全昭和運輸株式会社作業責任者小島に対し委員長が来たから委員長と交渉して呉れと要請し、右要請に応じ小島が申請人深町に出荷阻止を止めるように要請したが拒否されたこと(この点はさきに四(二)1(3)において認定のとおり)、この後訴外羽吉は第六十六昭和丸の先端に赴き申請人深町を招きよせスクラムを解くべきか否かの指示を仰いだところ、申請人深町はそのままの態勢で居れと指示したことが認められ、右認定に反する疏明は措信できない。右事実によれば、この日も申請人深町は闘争の最高指導者として訴外羽吉申請人伊藤、同児玉、同武井らにより実行されつつある出荷阻止行為を目撃しながら、前記小島の出荷妨害中止要求にも応ぜず、ピケ隊を指揮する訴外羽吉に対し出荷阻止の継続を指示したことを認めるに難くないこの点に関し申請人深町はこの日の総指揮は右羽吉であつて申請人深町は関与していないと主張するが羽吉が申請人深町の指示を仰いだ右認定事実に照しても、羽吉はピケ隊の現場の指揮者に止まり、申請人深町の全般的指揮下にあつて行動していたものという他ない。

而して三月十七日から二十二日に至る間申請人深町が会社により行われている出荷でないことを十分知悉していた筈であることは三月十七日午後以来丸全昭和運輸株式会社の金子が組合事務所に赴き申請人深町らに事情を明らかにし説明していること、三月二十日に前記仮処分決定が組合に告知されていること、三月二十二日にも丸全昭和運輸株式会社の小島が申請人深町に交渉していることなどさきに認定の諸事実により明らかである。

(3) 組合の最高指導的地位にある者が自ら違法な争議行為を決議し、これを執行及び指揮した場合にはその違法な争議行為につき責任があること当然で、申請人深町は右に述べた如き三月十一日以来の組合執行委員会の決議の参画、三月十七日以来の闘争指令による指揮、三月二十二日の現場に臨んでの指揮などについて重い責任を負わねばならない。而して仮に申請人主張の如く三月二十二日には現場に赴いたのみで具体的指揮まではなさなかつたとしても、組合の最高指導責任者は違法な争議行為の防止に努力すべき義務を負うものであるから、これを怠つた点においてやはり責任を免れない。

申請人深町はこの点につき組合委員長として出荷阻止行為を中止せしめることは結果的には負ける争議行為を意味するものであるから単独で中止を専断することは期待できないし、羽吉にそのままの態勢でおれと指示したのも市警本部との交渉によつて解決できると確信していたのでかように指示したもので、他の行為にでることが期待できず、申請人深町の所為には適法行為への期待可能性がなかつたから責任は阻却されると主張する。しかしながら争議の最高指揮者は常にその指揮下にある組合員が適法な争議行為を遂行するように指導監督しなければならないのであつて、これが適法行為から逸脱することを知つた場合においては直ちにこれを阻止すべき義務を負うことは多言を要しない。それ故もし、適法な争議行為に終始することによつて争議の目的を達成できないことがあるとしても止むを得ないところであるといわざるを得ない。ところで本件のような争議行為を遂行しなければ争議の目的を達成することができない関係から状勢上申請人深町のみの努力によつてはそのような争議行為を中止させることが困難であつたであろうことは推察するに難くないけれども、その故に闘争幹部が組合の状勢の赴くままに従わなければならない理由はないしまたこれに従う以外に何等の手段方策を採り得ない程事態が緊急逼迫していたということができないことは前認定の事実に照し明らかであるので、違法な争議行為を阻止するために努力したことの形跡を認むべき疎明のない本件では同申請人のこの点に関する責任を否定するに由ない。従つて申請人の右主張も理由がない。

3、会社は申請人深町が厚木地区農村宣伝、山梨地区農村宣伝、出荷妨害のいずれについても責任があることを懲戒事由として主張するのであるが、山梨地区農村宣伝を解雇事由としてなし得ないことは三に検討したとおりであり、厚木地区農村宣伝に申請人深町の責任を見出し得ないことは右2に検討したところである。しかしながら右認定のとおり申請人深町は出荷妨害については違法な争議行為の企画、遂行及び指導をなしたものとして責任を負うべきものであるから、会社の主張するとおり就業規則に定める懲戒事由に該当し解雇処分を受けてもやむを得ないものといわなければならない。

(二)  申請人伊藤昭一

1、厚木地区農村宣伝

(1) 申請人伊藤が当時教宣部社宅班長であつたこと、二月十四日組合事務所に宿泊し翌十五日厚木地区農村宣伝に参加し、北秦野村に赴いたことは当事者間に争いない。而して疎明によれば、農村宣伝の具体的立案を為した二月十日の教宣部班長会議に同申請人が出席しこれが謀議をなしていること、及び現地においては申請人武井と共に北秦野村班のリーダーとして行動したことが認められるから、厚木地区農村宣伝につき積極的に企画活動しているというべきである。

(2) しかし、右農村宣伝の出発に際してなされた会社硫安の窃取についてはその共同行為者であることを認むべき疎明がない。即ち申請人伊藤の出席した教宣部班長会議において硫安見本の呈示について論議されていること、同申請人も二月十四日夜から組合事務所に宿泊していたことは前記のとおりであるので硫安を携行することの企画に参加していることは認められるけれども、このことから訴外黒沢申請人児玉によつて実行された右窃取について同申請人の共謀の事実を認むるに足りないことはさきに二(三)2において検討したとおりである。

2、出荷妨害

(1) 同申請人が三月四日執行委員に選任され、本件当時執行委員であつたこと、三月十六日及び二十日の執行委員会に出席していること及び三月二十一日夜訴外栗原同羽吉と共に翌日の出荷阻止の具体的方法について協議したことは当事者間に争いなく、右二回の執行委員会において出荷を絶対に阻止する方針が再確認されたこと及び右二十一日夜の協議において二十二日に実行した如き岸壁にスクラムを組んで出荷作業をなす労務者の通路を遮断する方法を決定したことはさきに四(二)2において認定のとおりである。

(2) 同申請人が三月二十二日第一船で出荷阻止現場に至り岸壁上に旗竿を横に渡し持つてスクラムを組みその中央に位置したこと、及び警察官に検挙された者の一人であることは当事者間に争いなく、その他疎明によれば、同申請人が三月十七日にも現場にあつたこと、及び三月二十二日には前日の決定に基き現場指揮者の一人として第一船乗組みの組合員を指揮して参加したものであり、また警察側から退去勧告を受けた際訴外羽吉から退去すべきか否かの相談を受け退去すべきでないとの意見を述べたことが認められる。

而して、同申請人は三月十七日現場にあつたこと右認定の如くであるからさきに認定の丸全昭和運輸株式会社の小島による光興業株式会社の作業であるとの説明を聞知していた筈であり、二十二日にはピケ隊中にあつたのであるからさきに認定の警察署長名義の告示警察官の特殊メガホンによる説明によつても会社の作業でないことを認識した筈であり、且つ疏明によれば横浜地方裁判所の前記仮処分決定があつたことは三月二十日に知つた事実が認められるから、同申請人は会社の出荷作業にあらざることを充分知悉していた筈である。

(3) 右のとおりであつて同申請人は違法な争議行為を決議し執行したものというべきである。而して執行委員たる者は争議行為の指導的地位にある者として違法な争議行為がなされ、またはなされんとした場合はこれを阻止する義務あること執行委員長と同様である。しかるに同申請人は却つて違法争議行為たる出荷阻止を計画すると共に組合員を指揮して率先これに参加したものでその責を免れない。

同申請人は会社の強制出荷を何等なすところなく見送ることは執行委員としての責任上許されず他の適法行為にでるにつき期待可能性がなかつたと主張するが、その理由のないことは申請人深町について述べたと同様である。

3、会社が申請人伊藤の懲戒事由として主張するところは厚木地区農村宣伝についての企画及び参加、これに際して硫安窃取の共謀及び出荷妨害の計画指揮実行であるところ、硫安の窃取に関しては申請人伊藤の共謀の事実を認め得ないこと右1(2)に述べたとおりである。しかしながら、申請人が厚木地区農村宣伝の企画参加について及び出荷妨害の計画指揮実行に責任あることは右認定の事実から明らかであり、これらはいずれも会社の主張するとおり懲戒解雇に価するところである。

(三)  申請人児玉太喜司

1、厚木地区農村宣伝

(1) 同申請人が厚木地区農村宣伝に参加し高峯村に赴いたことは当事者間に争い難い、而して疏明によれば訴外荒木とともに高峯村班のリーダーとして宣伝活動に従事したことが認められるから違法な宣伝活動の積極的参加者というべきである。

(2) 同申請人が二月十五日早朝訴外黒沢と共に硫安倉庫に赴き前日訴外黒沢同武石の準備した図面袋入硫安を持出したことは当事者間に争いなく、右所為が窃取に当ることはさきに二(三)1に認定のとおりである。

2、出荷妨害

(1) 三月十七日以降三月二十日まで出荷妨害に参加したとの点について、

申請人児玉が右期間争議団に参加し手旗により水食事などの連絡に当つたことは当事者間に争いないところである。然しながらこの行為が違法の争議行為であるということができないこと勿論でありその他右の期間前認定の違法争議行為を共謀し又は遂行したとの点については疏明がない。

(2) 三月二十二日訴外羽吉の指揮の下に出荷妨害行為に参加したとの点について。

同日訴外羽吉、申請人伊藤らと共にスクラムのほぼ中央にあつたこと、警察官に退去を勧告されたので、羽吉伊藤らと共に第六六号昭和丸に赴き同船上において手旗を以つて連絡に当つたことが認められ、右認定に反する疏明は信用できない。右事実によれば、ピケ隊のほぼ中央において実力をもつて出荷を阻止したもの及び第六六号昭和丸に勝手に侵入したものというべくこの点において違法行為を実行したものに外ならない。

然しながらその際積極的に旗竿を以つて人夫を押返し或いは叺を叩落すなどの所為にでたとの点については充分な疏明はない。ところで同申請人は闘争委員等争議団の指導的地位にあるものではないので単に一組合員として現場の指揮者である羽吉書記長の指揮を受け行動していたものと認むべきであつて違法な争議行為を率先して推進したことを認むべき疏明はない申請人児玉は執行委員の指揮下にあつて他の違法行為をなすべき期待可能性がなかつたと主張するが、単に執行委員の指揮下にあつたということだけで別段の事情を認むべき疏明のない本件では適法行為が期待できないとはいえない。

3、会社が同申請人の懲戒事由として主張するところは厚木地区農村宣伝についての積極的参加、これに際しての硫安窃取の実行及び出荷妨害の実行であるところ、出荷妨害については違法争議行為を実行した者としての責任を負わねばならないことは勿論であるが、単に一組合員として前認定のような違法行為を実行したに過ぎない者の責任を問うに懲戒解雇を以つて臨むことは酷に失するものと判断するのが相当であり、この点において就業規則第三十九条第一項但書の適用を誤つたものといわなければならない。しかしながら、申請人児玉は厚木地区農村宣伝にはリーダーとして積極的に参加し、剰え、会社製品たる硫安の窃取行為にまで及んでいること右1(1)(2)に述べたとおりであつてこれらの点を総合すれば懲戒解雇に価するところである。

(四)  申請人武井文夫

1、厚木地区農村宣伝

(1) 申請人武井が当時教宣部渉外宣伝班長であつたこと、厚木地区農村宣伝に参加し北秦野村に赴いたこと、及び渉外宣伝班長として本件宣伝活動の企画立案をなしたことは当事者間に争いない。而して疏明によれば農村宣伝の具体的立案を為した二月十日の教宣部班長会議に同申請人が出席しこれが謀議をなしていること、同申請人は参加者二十六名の最高リーダーであり、且つ申請人伊藤と共に北秦野村班のリーダーとして行動したこと及び現地に赴く車中において農民に配布すべき宣伝ビラ(外部団体のビラを含む)呈示すべき硫安の各班員への配布を主宰していることが認められるから厚木地区農村宣伝につき最も積極的に企画、活動したものというべきである。

(2) しかし、右農村宣伝出発に際してなされた会社硫安の窃取については申請人武井の出席した教宣部班長会議において硫安見本の呈示について論議されていること、同申請人も二月十四日夜から組合事務所に宿泊していたことは認定できるが、訴外黒沢申請人児玉らによつて実行された右窃取について申請人武井らの共謀の事実を認めるに足りないことはさきに二(三)2において検討したとおりである。

2、出荷妨害

申請人武井が三月二十二日出荷阻止をなしたピケ隊に参加していたこと、同日現場において警察官により検挙された者の一人であることは当事者間に争いない。而して三月十七日赤旗を所持した同申請人が他の組合員に卒先して第六十六昭和丸の船底に臥り俺を潰してから硫安を積込めと叫んで組合員による船の占拠を推進し積込作業中止に至らしめたことはさきに三(二)1(1)において認定のとおりであり、そのほか疎明によれば三月二十二日にも訴外羽吉申請人伊藤とともにスクラムの中央部に位置し、しかもその最前列にあつたことが認められるから、申請人武井は違法争議行為を卒先して推進していたものというべきである。

なお適法行為の期待可能性なしというを得ないことは申請人児玉について述べたと同様である。

3、会社が申請人武井の懲戒事由として主張するところは厚木地区農村宣伝の企画及び主宰、これに際しての硫安の窃取の共謀及び出荷妨害行為であるところ、硫安の窃取に関しては同申請人の共謀の事実を認め得ないこと右1(2)に述べたとおりである。しかしながら、同申請人が厚木地区農村宣伝を企画立案し、当日は最高リーダーとしてこれを主宰していること及び出荷妨害については一組合員としての行為ではあるが申請人児玉と異り違法な争議行為を卒先推進した者であることに鑑み、これらを総合すれば会社主張のとおり懲戒解雇に価するところである。

(五)  申請人小島昇

1、厚木地区農村宣伝

(1) 申請人小島が当時教宣部職場宣伝班長であつたこと、二月十日の教宣部班長会議に出席したこと及び厚木地区農村宣伝に参加し中津村に赴いたことは当事者間に争いない。而して疎明によれば、同申請人の出席した二月十日の教宣部班長会議において農村宣伝の具体的立案がなされたこと、現地においては中津村班のリーダーとして行動したことが認められるから厚木地区農村宣伝につき積極的に企画活動しているというべきである。

2、規律違反

申請人小島については他の申請人らと別に会社は同人の規律違反を懲戒理由としてあわせ主張しているのでここにその点を検討する。

(1) 同申請人が昭和二十七年二月二十三日会社川崎工場内扇町工場においてビラを貼布し会社により譴責処分に附されたこと及び譴責処分にも拘らず始末書を提出しなかつたことは当事者間に争いない。而して疎明によれば右ビラ貼布は就業時間後会社の許可なく工場入口便所入口など会社施設に多数貼布したものであること。会社就業規則第十四条(秩序風紀の維持)第一号には「演説、集会、貼紙、掲示その他これに類する行為は事前に会社に申請しその許可を得なければ行わないこと」とあること、会社は同申請人の右所為は、就業規則の右条項に違反し同第三十七条(譴責基準)第一号「安全衛生維持、秩序風紀維持、物品持込、持出持物検査、入退場時刻の打刻の規律に違反したとき」に該当するとして譴責処分に附したこと、同第三十六条(懲戒の種類)第二項第一号には「譴責は訓戒した上で始末書を出させる」とあること、会社は当時同申請人の上司を通じた人事課から督促をなしたにも拘らず、同申請人は自分は悪いことをしたとは思わない自分の背後では大衆が注目しているから始末書を出すわけにはいかないとの趣旨を申し述べてこれを拒否したことが認められる。

(2) 而して、譴責処分に附された者は始末書を提出すべき就業規則にも拘らず、これを提出しなかつたことは譴責基準の一つである同第三十七条第二号「正当な理由がなくて上長に反抗したり、その命令を守らなかつたりしたとき」に該当すること明らかで、これとさきの秩序風紀維持条項違反を併せ考えれば、同第三十八条(減給基準)第一号「前条各号の行為が再度に及ぶ…………とき」に該当することが認められ、また同第三十九条(懲戒解雇基準)第二号「前条各号の行為が情状特に重いとき」によつて情状特に重い場合は懲戒解雇し得ることが規定されている。

ところで、会社は申請人小島はこの情状特に重い場合であると主張する。而して右のように再度に及ぶ譴責基準該当の所為が懲戒解雇に価するのは右条項にいう情状特に重い場合に該当することを要するのであるがここに特に重いというのはその情状が特に悪質であるために、雇用契約を継続し難いような著しい障害となり客観的に解雇を妥当ならしめる事由となる場合を指すものと解すべきであるが右申請人小島の再度に及ぶ譴責基準該当の所為は会社の経営秩序を乱した規律違反といい得ても右にいうような情状が特に悪質であつて解雇を以つて臨むべき事由に当るとは認められないから、前記第三十九条第二号に該当せず、これを理由に懲戒解雇することは就業規則の適用を誤つたというべきである。

3、会社が申請人小島の懲戒事由として主張するところは厚木地区農村宣伝についての企画及び参加、これに際しての硫安窃取の共謀及び右規律違反であるところ、硫安窃取に関しては同申請人の共謀の事実を認め得ざること1(2)に述べたとおりであり、規律違反もまたこれを以つて懲戒解雇することは就業規則の適用を誤つていること2に述べたとおりである。しかしながら右1(1)に認定するように申請人小島が厚木地区農村宣伝の企画参加について責任を負うべきものであつて、右は会社の主張するとおり懲戒解雇に価するところである。

六、以上の次第で申請人らの懲戒解雇が無効であるとの主張は理由がない。よつて本案の権利の疎明がない本件仮処分申請はいずれも却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 三好達)

(別紙)

就業規則懲戒条項

第三十七条 次の各号の一に当るときは譴責する。

1 安全衛生維持、秩序風紀維持、物品持込、持出、持物検査、入退場時刻の打刻の規律に違反したとき。

2 正当な理由がなくて、上長に反抗したりその命令を守らなかつたりしたとき。

(3乃至8略)

第三十八条 次の各号の一に当るときは減給する。

1 前条各号の行為が再度に及ぶか又は情状が重いとき。

(2乃至4略)

第三十九条 次の各号の一に当るときは懲戒解雇する。但し、情状により減給、出勤停止、役付剥奪又は資格引下にとどめることがある。

(1略)

2 前条各号の行為が情状特に重いとき。

(3、4略)

5 故意又は重大な過失により、作業を妨げ大きな支障又は事故を起したとき。

(6略)

7 会社又は他人の金品を詐取し、又は盗んだとき。

(8乃至11略)

12 会社の体面を著しく汚したとき。

13 その他、前各号と同等程度の行為のあつたとき。

(第二項略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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